“50代&非PI”の生存戦略〜「持たざる研究者」のサバイバルガイド



“50代&非PI”の生存戦略〜「持たざる研究者」のサバイバルガイド

第1回:50代で非PIだからこそ贅沢な研究人生を送ることができる

その日は、何の前触れもなく、しかし確実にやってきます。

50歳。半世紀という時間が自らの背後に積み上がったことを知る瞬間です。世間一般のビジネスパーソンであれば、役職定年が見え始め、自らの会社員人生の着地点を穏やかに模索し始める時期かもしれません。しかし、アカデミアという、特殊な能力主義と階級社会が支配する世界に生きる研究者にとって、「50歳でPI(研究室主宰者)になっていない」という事実が突きつける現実は、まったく異なる意味を持っています。

それは、ひとつの「静かな宣告」にほかなりません。

文部科学省や各種助成財団が公募をかける魅力的な研究費や、大学の教授・准教授ポジションの公募要領を眺めてみてください。そこには、以前は気にも留めなかった、あるいは「まだ先のこと」と読み飛ばしていた数字が、明確な障壁として立ちはだかっていることに気づくはずです。

「応募時において40歳未満であること」
 「45歳以下、あるいは博士号取得後15年以内であること」

若手研究者育成という大義名分の影で、40代後半から50代に達した「非PI」の研究者たちは、公募という名の生存競争の土俵から、文字通り静かに、かつ組織的に排除されていきます。選考委員会の席で、50代の准教授や助教が候補に挙がったとき、誰かが口にする「これからの伸び代(将来性)を考えると、やはり30代の若手を」という一言。そこに明確な悪意はありません。だからこそ、その言葉は残酷であり、システムが下した冷厳な合理的判断として機能してしまうのです。

50歳を過ぎて公募の落選通知を受け取った日の夜、静まり返ったラボのベンチで、あるいは自宅の書斎で一人PCの画面を見つめながら、私たちは気づくことになります。

「ああ、私のカウントダウンは、終わったのだ」と。

それは、自分が一国一城の主として科学の歴史に華々しく名を残す側の人間には、もう決してなれないのだという、引き返せない現実の受容でもあります。

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しかし、ここで立ち止まって客観的に分析してみる必要があります。なぜこれほど多くの、優秀で誠実な50代の研究者たちが、PIになれずに「非PI」のまま現場に取り残されているのでしょうか。これは本当に、個人の能力や努力の不足によるものなのでしょうか。

歴史的な事実を振り返れば、答えは「否」です。現在50代を迎えている(もしくは50歳を少し超えた)研究者の多くは、日本の社会構造が生み出した最大の歪み、すなわち「就職氷河期世代(ロスジェネ世代)」そのものだからです。

時計の針を四半世紀ほど巻き戻してみます。1990年代後半から2000年代初頭、国は「大学院重点化」や「ポスドク一万人計画」を掲げ、国策として「博士を増やせ、これからはバイオの時代だ」と若者を先導しました。そして、私たちはその言葉を信じて深夜まで実験に没頭し、博士号を取得しました。

しかし、学位を手にした私たちの前に広がっていたのは、バブル崩壊後の極寒の就職氷河期でした。大学の常勤ポストは凍結され、企業の研究職の門戸も狭められました。国が用意した梯子は、私たちが登り始めた瞬間に外されたと言っても過言ではありません。

結果として、この世代は「任期付きポスドク」という不安定な身分のまま、数年ごとに全国、あるいは世界中のラボを転々とするスパイラルに放り込まれました。3年契約が切れれば、また次の職を探す。キャリアの基盤を築くべき最重要の20代後半から30代を、私たちは「来年の食い扶持を心配する」という生存の恐怖の中で消費させられたのです。

この「罠」の罪深いところは、どれほど優れた業績を上げようとも、ポストの絶対数が足りないために、「椅子取りゲーム」から溢れる人間が必然的に大量発生した点にあります。運良く国内の大学に助教や特任准教授として滑り込めたとしても、待っていたのは、少子化に伴う大学の予算削減と、それに伴う膨大な学内雑務の押し付けでした。

ボスの研究室を維持するためのデータ生産マシーンとして、あるいは学生の実験指導や講義の穴埋め要員として、最も脂の乗った時期の労働力を投入し続け、気づけば50歳という年齢制限の壁に激突していた。これが、氷河期世代の研究者が歩まされた、仕組まれた歴史の真実なのです。

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日米の研究機関を渡り歩き、気がつけば、私は研究者となってから三十年もの月日が経過していました。その長い年月の間に、バイオ研究を取り巻く環境は劇的に変質しました。

三十年前、科学の世界にはまだ、もっと多くの「余白」がありました。現在のトップジャーナルが要求するような、一分の隙もない完璧な「ストーリー」や、全てのメカニズムを分子レベルで証明し尽くした膨大なデータなど、当時は誰も求めていませんでした。当時の論文は、もっと素朴な、しかし誠実な「新しい発見の報告」であったと言えます。研究者たちもまた、たとえ自分のラボを持っていなくとも、独自の職人技のような実験技術を持っていれば、組織の中でそれなりの敬意を払われ、生き残っていくことができました。

しかし、商業主義という怪物に学術界が飲み込まれていくにつれ、評価基準は「何を発見したか」ではなく、「どの雑誌に載ったか」という、ブランドの消費へと移行していきました。

PIになるための条件は年々跳ね上がり、今や主要なトップジャーナルに筆頭著者としての論文が複数あることは「最低条件」にしかなりません。その上で「潤沢な外部資金を獲得できるか」「学内外での政治力はありそうか」「運は味方するか」という資質が問われます。これら全てをクリアした極一握りの人間だけが、PIという聖域へのチケットを手にするシステムが完成したのです。

「次の公募こそは」「次の論文さえ通れば、状況は変わる」

そう自分に言い聞かせ、ボスの顔色をうかがい、査読者からの無理難題に応えるために休みなく毎日ラボに通い、気づけば50歳という境界線を越えている。それが、現在のバイオ研究者が置かれているリアルな生態系の一幕なのです。

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50歳にしてPIになれなかった研究者を待ち受けているのは、深い虚無感と、周囲からのある種の「扱いづらさ」です。新しく赴任してきた30代後半の若いPIのもとで、50歳の研究者が働くという構図の中で、「これまでの自分の頑張りは何だったのか」と自問自答を繰り返す日々が始まります。そして、その自問自答を繰り返す50代の非PI研究者を見て周囲は、「ああはなりたくない」と反面教師として扱ってくるのです。

しかし、私たちが苦しいのは、本当にPIになれなかったからなのでしょうか。

胸に手を当ててよく考えてみましょう。私たちは「PIになれなかったから苦しい」のではなく、「PIにならなければ、研究者として価値がない」という、アカデミアが長年植え付けてきた「信仰」に、今なお囚われ続けているだけなのかもしれません。

一度立ち止まって、あなたのボスのことを客観的に観察してみるとよいでしょう。PIというポジションは、本当にそれほど素晴らしいものでしょうか。

現代におけるPIの仕事の大部分は、研究室を維持するための資金集め(グラント執筆や財団・企業のお偉いさんへのプレゼンなど)、学内の政治闘争、そして大量の事務処理です。彼ら彼女らの多くは、もう何年も自らの手では実験をしていません。顕微鏡の前に座る時間すらないのです。彼らはもはや科学者というよりも、「中小企業の経営者」であり、「ファンドマネージャー」に近い存在に変質してしまっているのです。

あなたが50歳でPIになれなかったということは、裏を返せば、そのような「科学以外の虚業」に人生の残りの時間を奪われずに済んだ、ということでもあります。

あなたには、30年間培ってきた、誰にも真似できない実験技術があります。膨大な失敗の記憶や経験に裏打ちされた、論文の嘘を見抜く審美眼があります。バイオインフォマティクスを動かすコードがあり、データを正確に解釈する深い知性があります。これらは全て、大学の組織図や、肩書きの有無とはまったく無関係に、あなた自身の肉体と頭脳に刻み込まれた「本物の資産」なのです。

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組織の梯子を登ることを諦めた瞬間、私たちは初めて、他人の評価やジャーナルのロゴのために科学を強引に折り曲げる必要がなくなります。自分が「本当に知りたい」と思った問いに対して、誠実に、かつ自分のペースで向き合う自由を手に入れることができるのです。

本連載は、50歳にして「持たざる者(=自分のラボを持っていない)」となることが確定した私たちが、アカデミアのシステムを冷徹に見下ろし、自らの手で「研究者としての後半生」を再定義するためのサバイバルガイドです。

私たちは選ばれなかったのではありません。この狂ったシステムによる選別から、ようやく「放免」されたのです。

目の前に広がるのは、地位も名誉もない代わりに、誰もあなたを縛ることのできない、広大な、臨場感あふれる「知の荒野」です。ここから、私たちの本当の、そして最も贅沢な研究者人生を始めましょう。

【特別コラム #01】「ボスのための研究」を静かにサボタージュする

50歳を過ぎて非PIとして生き残るための第一歩は、マインドセットの劇的な切り替えです。私たちがまず捨てるべきは、「現在のボス(PI)に尽くしていれば、いつか報われるかもしれない」という淡い期待です。

冷酷なようですが、多くのPIにとって、50代の部下は「これ以上出世させなくていい、都合の良い実務処理マシーン」になりがちです。あなたの誠実さや労働力は、ボスのさらなる実績や、ラボの維持のために最大効率で消費されていきます。

ここから生き残るための具体的なサバイバル術を、今回は2つ提示します。

1. 「ラボの雑用」を引き受ける代わりに、「不可侵の時間」を等価交換する
 学内の委員会や、学生の面倒な実験指導など、PIが嫌がる雑務をあなたが引き受けることは、組織内での生存戦略として間違っていません。ただし、それを「無償の奉仕」にしてはいけません。「これだけの雑務を引き受けるのだから、週の後半の2日間は私の裁量で動かしてほしい」という空気(あるいは暗黙の了解)をラボ内に作り出すのです。その自由時間こそが、あなたの後半生を支える独自の知的資産(データ解析、執筆、副業への準備)を仕込むための聖域となります。

2. 「ボスのストーリー」の奴隷にならない
 ボスがトップジャーナルを狙うために、あなたの出すデータに強引な解釈を求めてきたら、表向きは従順に従いつつ、手元のノートには「生(なま)の、歪みのない真実のデータ」をすべて保管しておきましょう。商業主義の科学に付き合うのは、給与をもらうための最低限の「業務」と割り切るのです。その代わり、ボスの目を盗んで、自分が本当に面白いと思う小さな予備実験や、統計の再解析を細々と進めます。それこそが、肩書きを失った後もあなたを支え続ける「本物の科学」の種火になります。

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私たちは、ラボの奴隷になるために30年間研究を続けてきたわけではありません。

「選別」が終わった今、エネルギーの100%をボスに捧げるのはもうやめにしましょう。30%は自分の未来のために、静かに確保する。そのしなやかな狡猾さを身につけることから、50代の新しい歩みは始まります。


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