“50代&非PI”の生存戦略〜「持たざる研究者」のサバイバルガイド
Tweet“50代&非PI”の生存戦略〜「持たざる研究者」のサバイバルガイド
第2回:あなたが選ばれなかったのは誠実さの代償なのかもしれない
公募に落ち続け、50歳という境界線を越えたとき、多くの研究者は真っ先に「自分には能力が足りなかったのだ」という結論に辿り着きます。
トップジャーナルに筆頭著者としての論文が載らなかったから。大型の競争的資金(グラント)を獲得できなかったから。あるいは、審査員や有力教授に顔を売る政治的な立ち回りが下手だったから。こうした自省の念は、真面目な研究者であればあるほど、鋭く自身の胸に突き刺さります。
しかし、こうした「自己責任論」は、現在の学術界においては往々にして事の本質を覆い隠す思考停止として機能してしまいます。
確かに、PI(研究室主宰者)として選ばれる人間には、卓越した業績や特異なカリスマ性がある場合が多いのかもしれません。しかし、その逆の命題である「選ばれなかった人間には能力がない」ということは、現代のバイオ研究業界においては決して真ではありません。
私たちが直面しているのは、個人の努力や資質だけではいかんともしがたい、「生存率のバグ」が最初から組み込まれた、構造的な選別システムなのです。自らを過度に責める前に、私たちはこのシステムがどのような数式と論理で私たちを篩(ふるい)に落としたのかを、正確に理解する必要があります。
***
私たちが研究者としてのキャリアをスタートさせた20〜30年前と現在とでは、PIになるための「椅子の数」と「椅子の奪い合い方」が根本から変わってしまいました。
かつて、日本の大学や研究機関には、独自の職人肌の実験技術を持つベテラン研究者が、准教授(かつては助教授と呼ばれていた)や専任講師、あるいは助教(かつては助手と呼ばれていた)として一つの研究室に長く腰を据える「余白」がありました。彼らは必ずしも自分がトップとしてラボを率いるわけではありませんが、ボスの良きパートナーとして、また学生たちの実質的な指導者として、組織の中で正当な敬意を払われ、終身雇用に近い形で雇用(および研究者としての立場)が守られていました。誤解を恐れずに言えば、彼らがいたからこそ、日本の科学の「底力」と「データの信頼性」は維持されていたのです。
しかし、2000年代以降の大学改革や国立大学の法人化は、こうした「終身雇用の非PI」を組織の流動性を阻む非効率的な存在とみなし、徹底的に排除してきました。
現在のシステムは、すべての研究者に「PIを目指すか、さもなくば去るか(Up or Out)」の二者択一を強要します。ポストは任期付きへと置き換わり、5年、10年という短いスパンで成果を出し、上の階級へ進まなければ生存できない仕組みになりました。
しかし、その一方で、国から配分される基盤的経費(運営費交付金)は削られ続け、新たに提供されるPIのポスト数は、かつての国策によって大量生産された博士号取得者の数に対して圧倒的に不足しています。つまり、最初から全員が座れるわけのない「椅子取りゲーム」なのです。この歪なゲームにおいて、50歳で非PIのポジションにいるということは、単に個人の能力競争に負けたということではなく、そもそも「勝ち抜くためのルール」自体が、時代や組織の都合によって極端に狭められていた結果にほかなりません。
ここで一つの疑問が生じるかもしれません。「昇進するか、さもなくば去るか(Up or Out)」という冷徹なルールが徹底されているのであれば、なぜPIになれないまま50代を迎える研究者が現場に存在し得るのか、という矛盾です。
結論から言えば、このルールは極めて歪な「二枚舌」によって運用されているからなのです。
大学や国は、予算削減と「組織の若返り」をアピールするために、建前としては任期制による流動性を強調します。しかしその一方で、現代のPIたちは虚業化し、自らベンチに立つことはありません。ラボを維持し、次回のグラント(研究費)を獲得するための確実なデータを生産するためには、熟練した技術と知識を持つ「ベテランの兵卒」がどうしても必要なのです。
そこでシステムが編み出したのが、職名や予算の出処を数年ごとにすり替え、身分を不安定な「特任職」や「プロジェクト研究員」のまま据え置くという、「都合の良いルールの骨抜き」です。つまり、私たちは「上に上げる(Up)」こともされず、かといって現場が崩壊するため「完全に追い出す(Out)」こともされず、都合の良い「高度な使い捨て労働力」として、50歳まで現場に「生殺し」にされてきたのです。
***
日米のバイオ研究現場で三十年を過ごしてきて、私はある恐ろしい逆説を痛感するようになりました。それは、研究者としての「科学的な誠実さ」こそが、現代のアカデミアにおいてPIへの階段を登る上での最大の障壁になり得るという皮肉な現実です。
商業主義に塗りつぶされた現代のバイオ研究において、トップジャーナルに論文を滑り込ませるためには、一分の隙もない完璧で華やかな「ストーリー」を構築することが求められます。しかし、生命現象というものは、本来ノイズに満ちており、人間の都合の良い仮説通りに動いてくれるものではありません。
ここに、ひとつの分岐点が生まれます。
目の前にある泥臭く、仮説に反する「真実のデータ」を重んじ、解釈を急がない人。
ボスの強引なストーリー構築やデータの誇張に対して、科学的な良心から疑問を呈してしまう人。
他人に実験を丸投げせず、自分の手でベンチに立ち、データの細部と再現性にまで責任を持とうとする人。
こうした「古き良き科学者の誠実さ」を持つ人間ほど、現在のハイスピードで成果主義的な競争の中では「要領の悪い、効率の低い研究者」と見なされ、選別から漏れていく傾向にあります。逆に、データの解釈を極限まで拡大し、不都合な結果を「外れ値」として処理する強かさ(あるいは鈍感さ)を持つ人間が、エディター好みの論文を量産し、PIの椅子を勝ち取っていく。
もしあなたが公募に選ばれなかったのであれば、それは能力が欠如していたからではなく、むしろ「科学に対してあまりに誠実すぎた」ことの、何よりの証左かもしれないのです。
さらに私たちが冷静に認めなければならないのは、「運」という名のコントロール不可能な変数の存在です。
キャリアの初期において(または、キャリアの重要な局面となっていた時期に)、どのボスのラボに在籍していたか。その時、たまたまその研究分野が世界の「流行」に合致していたか。投稿した論文の査読者に、あなたの研究を正当に評価してくれる有識者が選ばれたか、あるいは足を引っ張ろうとする競合相手が選ばれたか。こうした、個人のコントロールを完全に超えた偶然の積み重ねが、研究者としての運命を決定づけてしまいます。
特に私たち就職氷河期世代は、キャリアの最も重要な転換期に大学の常勤ポストが凍結されるという、決定的な「時代の不運」を背負わされました(企業の研究職への道も狭められていました)。同じ能力、同じ情熱を持っていながらも、生まれた時代が10年早いか遅いかというだけの違いで、まったく異なるキャリアを歩まざるを得なかった優秀な研究者たちを、私は日米で嫌というほど見てきました。
これほど多くの偶然に左右されるシステムの中で、たまたま「選ばれなかった」からといって、なぜ自らの人生のすべてを否定されなければならないのでしょうか。
***
「なぜ、私は選ばれなかったのか」
その問いに対する答えは、あなたがこれまで自分を責めてきたような、単純な努力不足などではありません。学術界の構造的なポスト不足、商業主義がもたらした評価システムの歪み、時代の不運、そして何より、あなたがこれまで守り通してきた科学への誠実さ。それらが複雑に絡み合った結果としての「今」があるのです。
もし、あなたが「見栄えの良い嘘」をつくことを拒み、流行に阿(おもね)ることなく、30年間誠実にベンチに立ち続けてきたのであれば、その「選ばれなかった過去」は、あなたが真の科学者であり続けたことへの「勲章」かもしれません。
PIという肩書きを得るために、これ以上組織の政治に付き合ったり、魂を切り売りしたりする必要はもうありません。年齢的にPIへの選別が終わった今、私たちはようやく、自分自身が本当に納得できる「本物の問い」に向き合う準備が整ったと言えるのではないでしょうか。
【特別コラム #02】ジャーナルのロゴを抜きにして、自らの「審美眼」を再定義する
PIになれなかったことの最大の心理的ダメージは、「自分には科学的な価値を判断する資格がないのだ」と、周囲の環境によって思い込まされてしまう点にあります。学会や学内の会議において、肩書きのある者の発言ばかりが優先され、一介の非PIである自分の意見が軽んじられる経験を繰り返すと、私たちの知的な審美眼は次第に萎縮してしまいます。
しかし、事実は完全に逆です。
30年間、実際に自らの手を動かし、実験の現場で色々な場面を見てきたあなたの目には、実験室に入らなくなった政治的なPIや、商業誌のオフィスにこもるエディターには決して見えない「データの肌触り」が見えているはずです。
そこで、今週のサバイバル術として、意識的に「ジャーナルのロゴ」を隠して論文を読む、ということを提案したいと思います。
有名なラボから出た華やかなトップジャーナルの論文の隙間に、どれほど多くの「無理な解釈」や「再現性の怪しいデータ」が潜んでいるか。逆に、地方の無名な研究者が書いた地味な紀要やマイナー誌に、どれほど真摯で強固な発見が眠っているか。それを見抜く力こそが、長年現場にいたあなただけの真の資産です。
ボスの評価基準や、ジャーナルのブランドに依存するのをやめ、自分自身の「審美眼」を取り戻すこと。それが、システムの呪縛から精神的に抜け出すための、第2のステップです。

