研究者の声:オピニオン



2026年9月7日更新

彼女たちは、なぜ研究室を去るのか〜ライフサイエンス分野のアカデミアでの男女格差を考える

私の身近に、こういう例があります。

ある女性は、博士号取得後にポスドクとして研究を続けていましたが、もともと持っていた薬剤師免許を活かし、研究の世界を離れて薬剤師としてのキャリアに転じました。また別の女性は、ポスドク時代に同じ研究分野の相手と結婚し、その後、パートナーの留学に伴って渡航先へ同行することになり、結果として自身の研究者としてのキャリアを中断しています。

どちらも、本人にとっては前向きな選択だったのかもしれません。実際、周囲からも「おめでたい話」として受け止められることが多く、誰かが強く引き止めるような雰囲気にはなりません。このように、優秀な女性の博士人材が研究以外の選択肢へと静かに流れていくという光景は、ライフサイエンスのアカデミアでは決して珍しくないのです。

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なぜ、これほど多くの優秀な女性研究者が、キャリアの途中で研究の世界から姿を消してしまうのでしょうか。

いくつかの統計を並べてみると、輪郭が見えてきます。生命科学分野で博士号を取得する人のうち、女性はおよそ3割前後を占めるという報告があります。少なくない数字です。ところが、教授職や、自分の研究室を率いる独立した研究者にまで目を移すと、その割合は1割前後まで落ち込むとされています。

入り口ではそれなりに開かれているのに、出口に近づくにつれて数がどんどん減っていく。この構図は、よく「漏れるパイプライン」にたとえられます。ただ、個人的にはむしろ、進学率の推移に近い感覚を覚えます。小学校では男女半々だった教室が、学年が上がるにつれて、なぜか片方の性別ばかりが姿を消していく。そんなイメージです。

とりわけ人が減っていくのは、博士課程を終えた直後のポスドクの時期だと言われています。この時期はちょうど、20代後半から30代前半という、出産や育児のタイミングと重なりやすい年齢でもあります。ポスドクから、より安定したテニュアトラックのポストへと進む割合は、女性のほうが男性よりも低い傾向にあるとされ、この段階での立ち止まりが、その後のキャリア全体に響いているとみられます。

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もちろん、この状況を「本人がそう選んだのだから仕方ない」で終わらせることもできます。しかし、若手の女性研究者に実際に話を聞いてみると、そこには本人の意志だけではどうにもならない事情が、いくつも折り重なっていることがわかります。

一つは、実験という営みそのものの融通の利かなさです。細胞や実験動物は、こちらの都合で待ってくれません。培養のタイミングも、実験のスケジュールも、生き物のリズムに合わせるほかなく、そこに人間側の都合を差し込む余地はほとんどありません。ある若手研究者は「保育園のお迎え時間と、実験の区切りが噛み合わないことが日常茶飯事だ」と話していました。時間の融通が利かない研究環境は、育児や介護と両立させようとする人にとって、想像以上に高い壁になります。

もう一つは、アカデミアという世界の評価のされ方です。研究費を取れるかどうか、注目度の高い論文を出せるかどうか。そうした実績が昇進やポストの獲得を左右する世界では、育児などで研究に割ける時間が一時的に減った人は、どうしても評価の土俵で不利になりがちです。研究費の申請書一つ仕上げるにも、まとまった時間が必要ですが、その時間を確保しづらい人が、成果だけで公平に競うのは簡単なことではありません。加えて、採用や昇進の場面では、当人たちも気づかないような無意識の偏りが働くこともあるでしょう。男性中心のつながりの中で情報や機会が自然と流通し、その輪に入りにくい女性が、いつの間にか蚊帳の外に置かれてしまう。そうした話は、決して珍しいものではありません。

そしてもう一つ、見過ごせないのが社会に根強く残る価値観です。「家事や育児は女性が中心になって担うもの」という感覚は、イクメンという言葉が広まった今でも、特に古い体質の残る研究の世界には色濃く残っています。パートナーの転勤を機に女性側が研究職を辞めるという話や、育児の負担が女性に偏ることで結局削られるのは研究の時間だった、という話は、皆さんも一度は耳にしたことがあるのではないでしょうか。

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では、どうすればこの流れを変えられるのでしょうか。啓発ポスターを貼ったり、講演会を開いたりする程度では、正直なところ焼け石に水です。必要なのは、研究環境そのものの仕組みを組み替えることだと思います。

たとえば、実験を補助する専門スタッフを増やし、研究者本人が実験に張り付いていなければならない時間そのものを短くする。データ解析のように場所を選ばない作業については、在宅でも進められる環境を整える。キャンパス内に保育の場を設け、子どもを預けながら研究を続けられるようにする。どれも派手さはありませんが、日々の負担を確実に軽くする施策です。

研究費の審査基準にも、見直す余地があります。育児や介護で一時的に研究のペースが落ちた期間を織り込んだ、柔軟な評価の仕組みを取り入れることは十分可能なはずです。女性研究者向けの研究費枠を用意したり、一度キャリアを離れた人が戻ってくるための「リターンシップ」のような制度を整えたりすることも、海外の事例を参考にしながら検討する価値があるでしょう。

見落とされがちですが、身近な手本の存在も大きな意味を持ちます。ライフサイエンスの分野では、女子枠が設置されつつある現在でも女性PIの数は少なく、若手が「こんなふうにキャリアを積みたい」と思い描ける具体的なモデルが乏しいのが実情です。経験を積んだ女性研究者が、研究費の取り方や論文の書き方のコツを若手に伝える場を地道につくっていくこと、そして活躍する女性研究者の存在をもっと表に出していくことは、次の世代に「この道は続けられる」という手応えを与えてくれるはずです。

最後に、意識そのものへの働きかけも欠かせません。無意識の偏りについて学ぶ研修を、男性も含めた全員に受けてもらうことは、採用や昇進の判断を公平なものに近づける一歩になります。大学や研究機関が自らを評価する指標に、ダイバーシティの達成度を組み込めば、組織全体がジェンダー平等を意識せざるを得ない仕掛けが自然とできあがっていくでしょう。

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この問題は、単に「公平かどうか」という話にとどまりません。異なる背景を持つ人が集まる場所ほど、新しい発想や思いがけない発見が生まれやすいことは、すでに数多くの研究が示しているとおりです。優秀な女性研究者が志半ばで研究の世界を去っていくというのは、日本の科学技術にとって、目には見えにくいけれど確実な損失です。

こうした改革には、当然ながら時間もお金もかかります。目先の予算や制度変更の手間を理由に、対応を先送りにしたくなる気持ちも、わからなくはありません。それでも、これは出費ではなく、これから先の科学技術への投資だと捉え直すべきではないでしょうか。研究室の扉の手前で立ち止まってしまう人を、これ以上見過ごさないために。薬剤師免許や結婚が「前向きな理由」として研究からの離脱を静かに正当化してしまう空気を、少しずつでも変えていく必要があるのではないでしょうか。


著者:山岡あかね(サイエンス・コミュニケーター)


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