研究者の声:オピニオン
Tweet2026年5月27日更新
あるロスジェネ製薬研究者の告白
日本の製薬業界は今、かつてない激変期の真っただ中にある。薬価引き下げの圧力、画期的な新薬(ブロックバスター)の枯渇、そして低分子医薬品からバイオ医薬品・デジタル創薬への構造転換。この荒波の中で、最もドラスティックな環境変化を被り、組織の歪みを一身に受けている世代がある。それが、1970年代後半から1980年代前半に生まれた「ロスジェネ(就職氷河期)世代」の正社員研究者たちだ。
世間一般におけるロスジェネ世代の議論といえば、非正規雇用の問題やキャリア断絶、それに伴う困窮といった文脈で語られることが多い。しかし、激しい就職氷河期を勝ち抜き、大手・中堅製薬企業の「正社員研究者」として生き残った層には、それとは全く異なる、特有の構造的な歪みと孤独が存在する。
本オピニオン記事では、「大企業の正社員」という勝ち組に身を置きながらも、組織内では「バブル世代の事なかれ主義」と「若手世代の徹底した合理主義(タイムパフォーマンス重視)」の精神的サンドイッチ状態に置かれている、ロスジェネ世代研究者のリアルな実態を淡々と紐解いていきたい。
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ロスジェネ世代の研究者が抱える閉塞感を理解するためには、まず製薬企業における特殊な「組織の人口動態」を見る必要がある。
私たちが就職活動を行った2000年代初頭、製薬各社は新卒採用の枠を極端に絞り込んでいた。その結果、現在の研究開発部門の年齢構成グラフを作ると、60歳前後のバブル期大量採用世代に巨大な山があり、40代前半から後半にかけて深い谷(あるいは空白)が存在し、30代前半から再び山ができるという、極めて不自然な「ひょうたん型」になっている。
この歪んだピラミッドが、現場の実務においてロスジェネ世代に過酷な負荷を強いている。組織内に「動ける中堅」が決定的に不足しているため、私たちは40代後半、あるいは50代に突入した今でも、プレイングマネージャーとして最前線の実務をこなさざるを得ない。
本来であれば、30代後半の層が現場の実験やプロジェクトの実務をリードし、私たちは一歩引いて研究戦略の立案や組織マネジメントに専念しているはずの年齢である。しかし、現場を任せられる次世代がいないため、自ら手を動かして実験データを出し、報告書を書き、同時に若手の指導や、上の世代が放置したトラブルの尻拭いまで行っている。上からはマネジメントの成果を求められ、現場からはプレイングの労働力をあてにされる。この「二重の役割」を固定化されているのが、ロスジェネ世代の実態である。
こうした過酷な労働環境の中で、私たちの視界に常に入るのが、組織の上層に滞留する50代後半のシニアマネージャー、いわゆる「バブル世代」の存在だ。
彼らが若手だった1980年代から1990年代は、日本の製薬業界の黄金期であり、低分子創薬が極めて高収益をもたらしていた時代だった。当時の研究環境は潤沢で、評価基準も極めて寛容だったと言われている。多少筋の悪い研究テーマであっても、「面白そうだから」という理由で数年間予算が維持されることも珍しくなかった。その結果、大した成果や実績がなく、特許の筆頭発明者になることもなく、ただただ組織の拡大路線に乗って管理職や高待遇の専門職に昇進した人々が現在のシニア層には一定数存在する。
彼らの多くは、近年の創薬を大きく変えたバイオロジーの進歩や、データサイエンス、AIを用いた最新のスクリーニング技術についていけていない。それどころか、社内の共有システムやコミュニケーションツールのアップデートにすら難色を示すケースが散見される。
私たちが最も不条理に感じるのは、彼らが受けている「高い給与」と「組織への貢献度」の著しい不均衡である。現在の製薬業界は、莫大な開発費の回収リスクに晒されており、どこも余裕を失っている。それにもかかわらず、彼らの給与水準は、過去の右肩上がりの賃金体系の名残を留めたまま維持されている。もちろん、多少は給与と貢献度のアンバランスは調整されているが、それでも、彼ら一人分の人件費があれば、どれだけ優秀な博士号取得者の若手を雇用できるか、あるいは最新の実験機器を導入できるかを考えると、現場を回す人間としては割り切れない思いを抱かざるを得ない。
みなが理解しなければいけない事実は、彼らは迫りくる「定年退職」のゴールラインを静かに見つめているということだ。会社がどれほど厳しい変革を迫られていようと、自分たちが逃げ切るまでの数年間、波風が立たなければそれでいい。そのような「事なかれ主義」が組織の意思決定を遅らせ、そのツケはすべて実務を担う中堅・ロスジェネ世代に回ってくる。
一方で、私たちの下にいる20代から30代前半の若手研究者たちに目を向けると、そこには全く異なる価値観が広がっている。
彼らは、就職活動の段階から「製薬企業がかつてのような安定企業ではない」ことを冷徹に分析して入社してきている。薬価は下がり、国内の研究所が閉鎖・縮小され、海外ベンチャーからの導入品に頼らざるを得ない現状を客観的に見ているため、会社に対する情緒的な帰属意識や忠誠心は希薄だ。
彼らの働き方を特徴づけるのは、徹底した「タイムパフォーマンス(タイパ)」の意識である。業務を依頼すると、まず「その業務の目的は何ですか?」「私の今期のミッションとどのように紐付いていますか?」という合理的な確認が行われる。無駄な会議や前例踏襲の報告書作成を排除するという意味では、組織運営上正しいアプローチであり、見習うべき点も多い。
しかし、このスマートさを前にしたとき、私たちはある種の割り切れなさを覚える。新薬の創薬研究というものは、本来、その99%以上が「失敗」で構成される世界だ。仮説が外れたとき、泥臭く文献を漁り、再び実験台に向かう反復の果てに、ごく稀にブレイクスルーが訪れる。それは、平日の勤務時間内に綺麗に収まるような、線形のタスクではない。時として、時間対効果を無視した「執念」のようなアプローチが結果を生むことがあるが、現在の若手はそうした「不確実で効率の悪い努力」を注意深く避ける傾向がある。
彼らにとって、会社は「自己実現のためのリソースの一部」であり、キャリアの通過点に過ぎない。プロジェクトが暗礁に乗り上げそうになると、そこに踏みとどまって泥を被るよりも、さっと身を引いて、より見込みのある別のプロジェクトへ、あるいは別の企業へと軽やかに移籍していく。
私たちロスジェネ世代は、良くも悪くも、一つの会社や研究テーマに「過剰同化」して生きてきた。泥臭い実験の果てにテーマが打ち切られれば、自らのアイデンティティが削られるような痛みを覚えたものだが、彼らにとってそれは「効率的なポートフォリオ管理の結果」に過ぎない。彼らの冷徹なまでの合理性を前にしたとき、「自分たちが培ってきた『研究者としての執念』は、時代遅れの非効率な悪癖に過ぎなかったのだろうか」という、やり切れなさを感じる。
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ロスジェネ世代の私たちが感じる閉塞感は、世代間の気質の差だけでなく、人事評価制度の変遷という歴史的タイミングの不運にも起因している。
私たちが入社した2000年代初頭、多くの企業にはまだ「若いうちは給料が安くても、40代になれば相応の役職と待遇が保証される」という、暗黙の年功序列制度が機能していた。現在のバブル世代はその恩恵をフルに受けて現在のポジションにいる。
しかし、私たちがその年齢に達した瞬間、多くの製薬企業は「役割成果主義」へと完全に舵を切った。「これからは年齢に関係なく、役割と成果で処遇を決める」というルール自体は公平に見える。しかし、制度が移行した時点で、すでに上の役職の席は、旧制度で逃げ切ったバブル世代で埋め尽くされていた。
つまり、ロスジェネ世代は、若手時代は低賃金・長時間労働の年功序列マインドで耐え忍び、いざ見返りを得られる年齢になったら『席はありません、成果だけで勝負してください』と言われた世代なのだ。そして今、私たちのすぐ後ろからは、最初から新しい成果主義のルールに最適化され、タイパを駆使して実績をアピールすることに長けた若手たちが追い上げてきている。上の世代からは都合の良い労働力として扱われ、下の世代からは効率の悪い働き方をしている年長者として見られる。この構造的な孤独感は根深い。
これほど多くの構造的課題を抱えながらも、ロスジェネ世代の研究者が容易に転職を選択できない背景には、製薬業界特有の「恵まれた待遇」というジレンマがある。
他業界に比べて製薬業界の賃金水準は高く、40代後半から50代前半の正社員研究者であれば、管理職でなくとも年収1000万円前後に達しているケースが多い。これは若手時代のハードワークに対する後払い的な性質も含んでいるが、結果として、この高い給与水準が「黄金の鳥籠」となり、身動きを封じる要因となっている。
今から他社へ転職しようとしても、現在の日本の製薬業界において、この年齢層の研究者に求められるのは「高度なマネジメント経験」か「最先端のバイオ・デジタル技術の知見」のいずれかである。自社創薬の縮小に伴い、業務内容が外部委託の管理や導入品のデータ精査へと変質する中で、純粋な技術的専門性をアップデートし続けることは容易ではない。現在の年収を維持したまま移籍できるポストは極めて限定的であるのが現実だ。
さらに、近年の製薬業界で相次ぐ「黒字リストラ(別の表現をすれば“早期退職優遇制度”)」の波が、私たちの世代を直撃し始めている。対象年齢は「45歳以上」へと引き下げられ、会社は人件費の高いシニア層の整理を急いでいる。
上の世代のように逃げ切ることはできず、下の世代のように軽やかに次のステージへ跳ぶこともできない。私たちが置かれているのは、そのようなマクロな業界構造の歪みがそのまま個人のキャリアに投影された、非常に不安定な足場である。
大企業の正社員であり、一見すれば「勝ち組」に分類されるロスジェネ世代の製薬研究者たち。しかしその内実は、過去の成功体験に基づく組織の歪みと、未来の効率主義の間で、自らのアイデンティティと雇用への不安を抱えながら、日々の実験と実務を黙々とこなし続ける、極めて孤独な「緩衝材」としての役回りを強制させられている。この見えざる問題こそが、現在の製薬企業の研究開発部門が抱える、最も深刻な組織課題の一つではないだろうか。
著者:デン・チュウ

