SFミステリー小説:永遠の秘密2〜すれ違う二人



SFミステリー小説:永遠の秘密2〜すれ違う二人

第五章:渡邊哲郎(3)

田畑太一郎の料理は完全になくなっていて、飲み物もカップの底に少量の透明の液体が残っているだけだった。

真中しずえたちが戻ってくるまで、この気まずい雰囲気をどうすればいいだろうかと田畑太一郎は考えていた。誰かから携帯電話にメッセージが届いたことにして、携帯電話を操作しようか、それとも、カバンの中に入れているペットボトルを開けて飲んだりしようか、などと思案していると、渡邉哲郎が口を開いた。

「ガーベラっていうのが気になる?」

その口調は、いつもと変わらない普通な感じだった。

「え?」

田畑太一郎は、渡邉哲郎が自分から『ガーベラ』の話題を振ったことに少し驚き身構えた。

「ははは。そんなに緊張しなくてもいいよ。さっきも言ったけど、僕はガーベラっていうのは知らないよ。」
 「はあ・・・。」
 「そのガーベラっていうのは研究所なんだっけ?しかも謎の集団なんだよね。どんな研究機関なの?」

自分がどこまで知っているかを探っているのか、と田畑太一郎は勘繰ったが、渡邉哲郎の秘密に切り込んでいけるかもしれないと思い覚悟を決めた。

「医学生物学だけでなく、様々な研究分野のエキスパートが集まっている研究所みたいでです。で、そこでは、一般の大学や企業よりもはるかに進んだ研究をしていて、その研究成果はごく限られた人たちの間でのみ共有され実用化されていると言われています。」

田畑太一郎は早口でそう説明をして、渡邉哲郎の反応を注意深く観察した。

しかし、そんな田畑太一郎の意気込みとは正反対な様子で、「へーそれはすごいね。そんな研究所があったら、ぜひ見学に行きたいものだよ」と、渡邉哲郎はいつもと全く同じ様子で、笑顔を浮かべながら少し冗談っぽく応えてきた。

「渡邉さんは本当にガーベラのことを知らないんですか?」
 「うん、ごめんね。僕は最近はあんまりネットも見ないんだよね。」
 「そんなに研究業界の色々なことに詳しいのにですか?」
 「あ、もちろん、必要最低限のことはネットで調べたりするけどね。でもほら、僕、本業というか生活費を稼いでいるのは大道芸とかそういうのだからさ、毎日ちょっとは練習しないといけないんだよね。」
 「あのサイトの編集は本業じゃないんですか?」

またいつものようにはぐらかされる流れだ、と田畑太一郎は少しがっかりし始めた。その落ち込んだ様子を見て、渡邉哲郎は自分の適当な発言で田畑太一郎の機嫌が悪くなったと勘違いをしたようで、言い訳をするような感じのことを言い始めた。

「あ、いや、もちろん、君とやっている編集作業は真剣に取り組んでいるよ。でも、アメリカって物価がどんどん上がってきてるから、あのWebサイトの編集作業のバイトだけじゃ食べていけないんだよ。だから、大道芸の仕事とか、臨時の日雇いバイトとか、色々なことをやらないと生きていけないんだよね。」

田畑太一郎は黙っていた。

「なんかごめんね。僕は君の期待どおりの人間じゃないんだよね。本当にただのしょうもない中年おじさんなんだよ。」

田畑太一郎はまだ黙っている。

「でもね、もし仮にガーベラっていう謎の集まりがあったとしたら、僕としては君みたいな将来有能な若い研究者にはそういうところとは関わらない方がいいように思ってるんだ。」

「どういう意味ですか?」と、『ガーベラ』の話題に戻ったからか、田畑太一郎は口を開いた。

「僕はそういう謎の研究機関があるとは信じていないんだけど、仮にあったとしても、表には出てこない集まりなんだよね?表に出てこないってことは何か問題があるんだよ。君はそんなのに関わらないで、表の世界で真っ当に生きていったほうがいいと思うよ。」
 「でも、研究者ならそういう最先端のところで研究したいと思うのは自然じゃないですか?」
 「そんなもんなのかな?まあ、そうかもしれないね。でも僕は研究者じゃないからそこのところはよくわからないかな。」

「またそうやって誤魔化すんですか?」と、田畑太一郎は少し大きな声でそう言った。その声の大きさに、渡邉哲郎は少し驚いたようだったが、彼が何かを言い出す前に、すぐに田畑太一郎が「あ、すみません、突然大きな声を出してしまって」と謝った。

「あ、いや、大丈夫だよ。というか、田畑君の方こそ大丈夫かな?もしかして、高野さんが亡くなっているのを直接見てしまったことで、精神的にも少し疲れてるのかもしれないね。すまないね、僕があまり気が利かなくて。不謹慎なことを言ったり、君の神経を逆撫でするようなことを言ったりしたかもしれない。」

「いえ、そんなことはないです。すみません、本当に。でも、渡邉さんは僕なんかより、というか、僕が知っている誰よりも研究のことも研究業界のことも詳しいんです。大道芸とか、日雇いのバイトとか、っていうのは本当なんですか?実はどこかで研究者をやっていたりするんじゃないでしょうか。」

「ははは、それは違うよ。僕はほんとうに定職にも就けないただのオッサンだよ。」
 「そんなに研究のことに詳しい人がそんなわけありません。」

「じゃあ、ちょっと説明しようか」と言って、渡邉哲郎はテーブルに置いてあった大福に手を伸ばした。

渡邉哲郎は最初に五つの大福を自分のカバンから出していた。そして、田畑太一郎と真中しずえに一つずつ渡して、自分も一つを食べた。だから、テーブルの上には二つの大福が残っている。そして、このとき渡邉哲郎は残った二つのうち、一つを手にしてから、説明を続けた。

「この大福が研究業界だとしよう」と言って、渡邉哲郎は半透明の包紙をはがした。

「今はがした包紙、これがあるから一般の人は研究業界のことがよく見えない。だから、そこで行われている研究の内容も研究成果も普通の人は理解できないんだ。僕らが編集作業をしているWebサイトは、この半透明の包紙を取り除くことが目的だ。」

「はあ・・・」と、突然の講釈に、田畑太一郎は少し戸惑ったが、口を挟まずに渡邉哲郎の説明を聞いていた。

「でだ、大福の表面についているこの粉末、これは研究業界から出てきた成果が実用化されたものを表す。一番表面にあるから、包紙をはがせばすぐに見える。仮に包紙があっても、包紙の上から触ってみたら、この粉末を認識することができたりする。僕が研究について知っているのは、この粉末だけだ。だけどね、この粉末は決して大福ではないんだ。」

そう言って、渡邉哲郎は大福を一口かじった。そして、かじった断面を田畑太一郎に見せながら、さらに説明を続ける。

「この大福は二つのパートに分かれている。表面の白い皮と、その内側にある黒いアンコだ。どちらも美味しい。そして、これこそが大福なんだ。表面についている粉末は大福の本体ではない。」

田畑太一郎は、渡邉哲郎の説明がわかるようなわからないような微妙な表情をしながらも、大人しく彼の説明を聞いていた。

「この白い皮は、君たちみたいな研究者を目指す学生が学ぶ内容だ。知識が浅いという表現があるように、勉強を始めたばかりの学生は白い皮にしか注意がいっていない。その下にあるアンコのことに気づかないんだ。ここで質問だが、君は大福の白い皮だけを食べてから、大福を食べたら美味しかった、と言えると思うかな?」
 「いえ、まあ、大福の美味しいところはアンコだと思うので、白い皮だけ食べても・・・。」
 「その通り!アンコこそが大福の醍醐味であり、アンコを食べずして大福を食べたとは言えない。」

そう力説する渡邉哲郎を、田畑太一郎は少し冷ややかな目で見ていた。しかし、そんな視線には気にもとめずに、渡邉哲郎は説明を続ける。

「残念なことに、今の研究業界は、表面の白い皮をちょっとだけかじっただけの人間が偉そうに研究者ぶったりしているんだ。学生も、本来であれば白い皮を食べるのみならずアンコも食し、そしてその味わいを堪能すべきなのに、そこまでいかない。下手をすれば、表面の粉末をちょっと包紙の上から触れたりするくらいで自分は研究者だと言っている人もいる。僕はね、君みたいな若い研究者には、白い皮の美味しさを理解した上でアンコの良さもわかるようになってもらいたいと思ってるんだよ。」
 「はぁ・・・。」
 「ま、何が言いたいかというとね、この大福は美味しいということだ。」

そういって、渡邉哲郎は残りの大福を口にいれて、それから「せっかくだから、もう一個たべなよ」と言って、テーブルの上に一つあまった大福を田畑太一郎に渡した。

田畑太一郎は、その場の流れについていけず少し戸惑ってはいたが、渡邉哲郎が手にした大福を受け取り、それを食べ始めた。

そのとき突然、「あ、太一郎君いた!」と田畑太一郎の横から女性の声が聞こえた。そちらの方を向くと、そこには坂井かなえが嬉しそうな表情を顔に浮かべながら歩いてきた。

渡邉哲郎も、その声のする方を向いた。そして、彼の表情は一瞬で険しいものになった。しかし、それはすぐにいつものように戻ったので、田畑太一郎はその変化には気づかなかった。

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